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プロフィール

生年月日 1964(昭和39年)12月24日  伊東市岡 末広町に生まれる。 4人兄弟の3番目(姉、兄、弟)
3歳から7歳まで、おばあちゃんと市内の知合いの家でお世話になる。 以来、大のおばあちゃん子になる。
伊東市立西小学校~旭小(3年生から)北中、伊東高校卒業
新聞記者を志し、早稲田第一文学部を受験するが失敗。
(株)リクルート、不動産会社(東京) 1991(平成 3年)     
26歳市議会議員初当選(伊東市議会史上最年少)     
以降4期14年在職。

平成3年9月  伊東市市議会議員初当選(全国最年少1860票)
平成3年10月 伊東市自然環境保全審議会委員
平成3年10月 伊東市健康づくり推進協議会委員
平成3年10月 伊東市交通安全都市推進協議会委員
平成3年10月 伊東地区伊東線複線化構成同盟役員
平成5年9月  建設副委員長
平成5年9月  議会報編集副委員長
平成5年9月  伊東市国民健康保険運営協議会委員
平成5年9月  伊東市営住宅入居者審査委員会委員
平成7年9月  伊東市議会議員二期目当選(1995票)
平成7年10月 福祉文教委員長
平成8年9月  副議長(全国最年少)
平成11年9月 伊東市議会議員三期目当選(トップ当選2508票)
平成11年10月 総務委員長
平成15年6月  議運委員長
平成15年9月  伊東市議会議員四期目当選(トップ当選2840票)
平成15年10月 議長(全国最年少)
平成17年7月  静岡県議会議員補欠選挙落選
平成19年4月  静岡県議会議員選挙当選 (20132票)

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平成3年の初当選した選挙の約1年前に体調を崩し、順天堂伊豆長岡病院に通院し、
伊東の医療過疎を痛感し、゛伊東に病院(総合病院)を″作りたいという思いに駆られて
立候補いたしましたが、初めての選挙で金もなく、地盤もなく飛び出した自分を支えてくれたのは
同級生でした。26歳の若い選対は怖い物知らずで日夜運動を続けてくれて、仲間の輪を広げてくれました。
     “本当に当選できるんだろうか?”
という想いに駆られ、夜も寝つかれず、油汗をかきながら不安な夜を過ごしていました。
無心になって頑張った友人達とそれを温かく見守って頂いた多くの諸先輩の皆様のご支援で
無事当選させて頂く事が出来ました。
結果は
伊東市議会史上最年少26歳
得票数1860票
26人中の5位
という新人の自分には非常に出来すぎたような成績で
自分に期待をして頂いた1860人の気持ちを裏切らないような、
活動をしていく決心を固めました。

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当選後初の議会での一般質問で、病院問題を質問しましたが、地域医療計画の内容を十分理解せずに
質問した為、逆に芹沢市長から〔もっと勉強して来い〕と真っ赤な顔で怒鳴られる場面がありました。
しかし今考えるとその時の経験は自分の原点であり
〔何くそ!〕〔もっといい質問を出来るようになってやる!〕〔芹沢市長を見返してやる〕
以来1期目の4年間で、私は毎回登壇し、計14回質問に立ちました。当時は2ch〔CVA〕での
議会中継が始まった頃で、市民の皆様より、多くの激励が議会事務所や自宅に寄せられ、本当に
嬉しく思いました。

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平成17年7月 県議会議員補欠選挙で約2000票差で敗れる

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平成17年7月の落選から約2年間、後援会の皆様には本当にお世話になりました、私はこの経験から本当の人の暖かさ、ありがたみを知りました、今までは"わかっていたつもり"だったのかも知れません。今回の経験で私中田は原点に立ち戻り伊東市民の為に働いていく所存でございます。

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